かりんとうを並べる。

たまに更新です。

森久保乃々とポエム

 おはようございます。茶碗です。

 毎回自己紹介するべきなんですかね…。ブログ、慣れるまでちょっとふらふらすると思います。
 
 
 私は最近大学で詩の歴史などを扱う授業をとっているんですけど、森久保乃々がポエムを趣味にしてるのがすごく腑に落ちた感じがしたのです。
 今日は森久保とポエムについて書きます。
 
 
 まずは森久保乃々の紹介をかるく…。
 
 森久保乃々、アイドルマスターシンデレラガールズに登場するアイドルで、口癖は「むーりぃー…」、ちょっと引っ込み思案で机の下に隠れていることもしばしば。親戚の頼みでアイドルを引き受けていて、本人は仕事に乗り気ではなく、すぐに帰りたがる。
 趣味はポエムづくりと少女漫画集め。
 金髪にくるくるとカールしたかわいい髪型。
 色々なものを振り切るとやけくぼになる。
 こんな感じです。
 
 
 はじめはうじうじしている彼女が面倒で気にも留めていなかったんですが、コミュという小話みたいなのの最終話でめちゃ好きになってしまったんですね私は。
 ざっくりと話すと、プロデューサーとの出会いによって少しずつ自信をつけていく、みたいなかんじがぐっときてしまった。かわいいし。面白いことを言うし。
 
 
 さて、ここらから本題です。
 
 ポエムづくりが趣味…なんだかロマンチストな感じがするじゃないですか。お花畑みたいな。メルヘンチックで可愛らしい。私はそんな印象でした。
 
 実際には、詩ってすごく写実的なものみたいです。詩は、話を盛ったり美化するものではなくて、自分の見たまま、感じたままを表現するものなんです。
 
 ピカソの絵は、いろんな角度からそれがそれらしくみえるように描いてあるゆえに、本当に写実的である、とかそういう話です。うまく説明できてるか怪しいですけど。
 
 私たちは普段、普通に喋ったり書いたりして言葉を使っている訳ですが、それはみたものを既存の枠組みに当てはめて表現しているだけであって、実際にみたものをそのまま表現している訳ではないのです。本当はものごとは枠組みにピッタリはまるはずはないんですけど、大体一緒だから当てはめる。実際自分が感じたものをそのまま表現しようとすると、枠組みに当てはめることが出来なくなるので詩になる。
 
 既存の言葉で表現することに不満をもって、自分の感じたままを言葉にせずにはいられない、ある意味頑固な人々が詩をかくわけです。
 講義から私が理解したのはこんな内容です。
 
 
 森久保の話をします。
 森久保って、おどおどしてて一見押しが弱そうな感じするんですけど、自分の芯みたいなものはしっかりあるんです。インディヴィジュアルズのお話では、元々森久保の内にあった芯や個性のようなとがったものが美玲ちゃんや輝子ちゃんと関わっていく中で前面に出てきた感じ。
 
 森久保がポエムが好きなのは、単にメルヘンな世界が好きだからというだけではなくて、自分の世界観というか感じ方をしっかりと持っているからなのだと思います。自分に素直だとも取れるかと。そしてある意味で頑固。
 私が考えたことはこんな感じです。
 
 
 好きなキャラについてあれこれ考えるのは楽しいので好きです。
 あと設定が凝ってるのってすごくキャラへの愛があっていいですよね…。凝ってるというか、漏れがないというか…。アイマスはそのあたりほんとにすごいのではないでしょうか。
 
 
 あと、今回書いている中で少し引っかかったことがありまして…。
 別の授業で、誰もが一つだけだよ、それぞれいいところがあるよ、みたいなのは人生が上手くいってる人の言葉であって、うまくいってない人にとってはしんどくなる。という話を聞いたのを思い出しました。インディヴィの歌詞にそういうのがあるんですよね…。
 …うーん、これはまた改めて考えてから書きます。これは私もよく理解できていないところがあるので。
 
 
 今日は以上です。
 なんか途中から字がめちゃ大きくなってしまってるんですけど、直し方がわからなかったのでひとまずそのままにします。
 ありがとうございました。